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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)9325号 判決 1984年11月29日

原告兼反訴被告(以下原告という)

高木証券株式会社

右代表者

斎藤一政

右訴訟代理人

島本信彦

被告

山本孝雄

被告兼反訴原告(以下被告という)

山本英子

右両名訴訟代理人

杉山彬

主文

一  被告山本英子は原告に対し金一五、五三九、八〇六円及びこれに対する昭和五六年八月一一日以降完済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告は被告山本英子に対し金二八、八〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和五七年一〇月八日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告山本孝雄に対する本訴請求及び被告山本英子のその余の反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用中、原告と被告山本孝雄との間に生じたものは原告の負担、原告と被告山本英子との間に生じたものは本訴反訴を通じこれを二分し、その一を原告、その余を被告山本英子の各負担とする。

五  この判決は、

1  第一項につき、

2  第二項のうち金一八、八〇〇、〇〇〇円の支払を命じた部分につき、

いずれも仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し金一五、五三九、八〇六円及びこれに対する昭和五六年八月一一日以降完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  本訴費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  右に対する被告らの答弁

1  本訴請求を棄却する。

2  本訴費用は原告の負担とする。

三  被告英子の反訴請求の趣旨

1  原告は被告英子に対し金三一、二四七、一二二円及びこれに対する昭和五七年一〇月八日以降完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  原告は被告英子に対し別紙第6表の銘柄欄及び株数欄記載の株券を引き渡せ。

3  もし前項記載の株券引渡の強制執行が不能となつたときは、原告は被告英子に対し、その不能となつた株券につきこれに替えて同表の単価欄記載の単価によつて算出した金員を支払え。

4  反訴費用は原告の負担とする。

5  右1ないし3につき仮執行の宣言

四  右に対する原告の答弁

1  反訴請求を棄却する。

2  反訴費用は被告英子の負担とする。

第二  当事者の主張

一  本訴請求原因

1  原告は、有価証券の売買、有価証券の売買の媒介、取次ぎ及び代理並びに有価証券市場における売買取引の委託の媒介、取次ぎ及び代理等を主たる目的とする株式会社であつて、東京証券取引所(以下本件取引所という)の正会員である。

2  被告らは共同で被告孝雄の名義を用いて原告との間で(もつとも、取引の指示注文は専ら被告英子の主導と指図によつて行われていたが、被告孝雄は被告英子が被告孝雄の名義を用いて原告との間で証券取引をしている事実を熟知していた)、昭和五〇年一一月から株式の売買委託取引(現金現株取引)を行つていたが、同五一年三月八日原告に被告孝雄名義の信用取引口座を設定し、原告に対し本件取引所の開設する有価証券市場において同取引所受託契約準則(以下本件準則という)の定めに従つて有価証券の信用取引をなすことを委託した。

3  原告は右2の契約に基づき昭和五五年一二月一二日から同月二四日までの間に三回にわたり、被告らの指示注文により被告らの計算で別紙第1表記載のとおり、本件取引所において新電元工業株式会社株式(以下本件株式という)三五、〇〇〇株を買い建てた。

4  ところが、その後本件株式の株価が下落したので、原告は本件準則所定の受入保証金の額を定める方式に従つて値洗いをしたところ、同準則所定の差入れるべき委託保証金として一、〇七六万円が不足するに至つた。そこで、昭和五六年二月二三日付書面で被告らに対し、同月二五日正午までに追加委託保証金として同額を差入れるよう請求したところ、被告栄ママ子は同月二六日一〇〇万円、翌二七日四〇〇万円、三月二日五〇〇万円を原告に差入れた。

5  しかるに、本件株式の株価はその後も更に下落したので、原告は前同様値洗いをしたところ、同準則所定の差入れるべき委託保証金として三、四六〇万円が不足するに至つたので、昭和五六年三月一六日付書面で被告らに対し、同月一八日までに追加委託保証金として同額を差入れるよう請求するとともに、建玉の整理手仕舞(現株として引取るか反対売付か)についても考慮するよう注意を促した。しかし、被告らは追加保証金の差入もしないし、手仕舞についても具体的処置をしなかつた。

6  なお、本件準則一三条の九第一項の規定によると、有価証券の信用取引に関し、顧客が証券取引所会員に預託すべき委託保証金を預託しない場合には、会員は任意に当該信用取引を決済するために、当該顧客の計算において売付又は買付契約を締結することができる旨定められている。

7  そのうち、前記信用取引による建玉の決済日(建玉約定日より六か月目)が近付いてきたので、原告は昭和五六年六月一〇日付書面をもつて被告らに対し、右規定及び信用取引約諾書に基づき最終決済日(六月一二日に二五、〇〇〇株、同月一八日に五、〇〇〇株、同月二四日に五、〇〇〇株)にはそれぞれ売付決済をする旨を通知したうえ、別紙第2表記載のとおり反対売買を行ない、その各売付が成立した日から四日目(当日が土曜日又は休日に該るときはその翌日)ごとに不足金額を立替えて本件取引所に支払い、被告らの前記決済未了の本件株式の建玉の処理をしたが、その結果、原告は被告らに対し総額五〇、四六一、四〇八円の立替金債権等を有するに至つた。

8  ところで、原告は被告らから前記本件株式の買建の担保として委託保証金一一、五二六、九八四円及び別紙第3表記載の保証金代用証券の差入を受けていた。そこで、同表記載のとおり右保証金代用証券を処分したところ、本件準則所定の手数料及び取引税を差引いた処分代金清算残額は二三、三九四、六一八円となつた。そして、原告は右保証金と右保証金代用証券処分代金残額を前記立替金債権等の弁済に充当したことにより、原告の被告らに対する右立替金債権等の残高は一五、五三九、八〇六円となつた。

9  よつて、原告は被告らに対し、右残金一五、五三九、八〇六円及びこれに対する売り決済日の翌日以降である昭和五六年八月一一日以降完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  本訴請求原因に対する被告らの認否<省略>

三  反訴請求原因

1  被告英子は昭和五一年三月八日原告に対し被告孝雄名義で(以下同じ)本件取引所の開設する有価証券市場で本件準則の定めに従つて有価証券の信用取引をなすことを委託した。

2  被告英子との取引を一貫して担当した原告の従業員は外務員の高橋であつたが、高橋は昭和五五年春ころから同年一二月二四日の取引までの間、被告英子に対し、「本件株式は自分達が三年余りかけて子供のように育ててきた株である。将来はソニーやビクターに匹敵する株になる。一株五、〇〇〇円になつてもおかしくはない株である。これまでお付き合い願つてきたお礼がここでできる。私自身の親や兄弟にも買わせている株だから安心して買つてほしい。昭和五五年末時点で自分が本件株式を顧客に買つてもらつた総株数は一〇〇万株ほどにもなる。だからこの株は自分達の手の内にある株であり、自分に任せて安心していればよい。」といつた趣旨のことを述べて本件株式の買いを強く推奨してきたため、被告英子の原告との取引量もこのころから増大してきたものである。

3  ところが、昭和五六年一月中旬ころからいわゆる投機家集団「誠備グループ」の活動がマスコミに賑賑しく報道され始め、一部銘柄の株価の異常な高値と株式市場の混乱が注目されるようになつた。被告英子は、本件株式もわずか八か月で倍額の高値を呼んでいたところから、いわゆる「誠備グループ」により価格が不公正に操作されている仕手戦株の一つではないかと不安になつて、高橋にこの点をただしたのであるが、高橋は「そのような事実は全くない。優良株であるから安心して買つてほしい。」と答えた。

4  しかし、こうした不安な情況が見え始めたその直後ころから本件株式の値下り傾向(高値から四〇〇円もの下落)が始まり、被告英子は高橋に本件株式のすべてを売却してほしい旨を依頼したが、同人はその依頼に従おうとしなかつた。

5  かくして、被告英子が原告との間の信用買建取引及び現引き(一部現金現株買付)により昭和五六年二月一六日現在において保有するに至つた本件株式は、信用取引買建分が別紙第4表に(信用取引買建)と記載のあるもの合計三七、〇〇〇株、保証金代用証券分が同表に(現株)と記載のあるもの一三、〇〇〇株以上合計五〇、〇〇〇株に達していたほか、同被告は原告に対し別紙第5表記載の現金を保証金として、また、別紙第6表記載の株式(ただし、無償増資株を除く)を保証金代用証券としてそれぞれ差入れていた。

6  ところが、翌一七日に至つて「誠備グループ」の中心人物加藤あきら(以下加藤という)の逮捕が報道され、本件株式の株価も一月のそれと比べて大きく値下り傾向を示していた。そこで、被告英子は心配のあまり高橋に対し早く本件株式をすべて売却してほしい旨依頼した。

7  これに対し高橋は「そんな弱気にならないで下さい。つくしが芽を出すころには三、〇〇〇円を優に超えるようになります。今は売るときではありません。待つていて載いた方がよい。大丈夫ですから私に任せて見てて下さい。」と、三、〇〇〇円を超える株価の騰貴がある旨の断定的判断を述べ、被告英子に売却依頼を断念するよう強引な勧誘をして、右依頼を止めてしまつたものである。

8  ところで、(一)被告英子は女性の顧客であつて証券投資に関する知識も十分でなく、かつ、資力も乏しい大衆投資家にすぎないこと、(二)前記のように、高橋はかかる被告英子に対し専ら本件株式を一律集中的に強く推奨した結果、当時被告英子が保有するところとなつた本件株式の数は五〇、〇〇〇株に達していたこと、(三)本件株式はわずか八か月余で倍額の高値を呼ぶに至つた株式であつたが、その会社資産及び業績からも、株価が企業の実態とかけはなれている株式の部類に属するものの一つと評価されるに至り、昭和五六年一月二二日には野村日興、大和、山一の大手証券会社等で顧客との信用取引の対象から外され、また、取引担保としても引き取られぬこととなり、翌一月二三日には野村証券系列の証券会社で組織する相模会においても本件株式は信用取引の対象外とされ、担保掛け目を二〇%しかみない旨決定されるに至つたこと、(四)のみならず、当時原告の首脳部は本件株式の暴落の危険性を認識していて、専務取締役鎌田良一(以下鎌田という)などは同年二月一二日顧客の西野博之(以下西野という)を料亭に招いたうえ、本件株式は暴落の危険があるから売決済をすべきだと説得した事実もあるくらいであるのに、被告英子に対してはそのような言動はなく、原告の会社方針とは全く異なる高橋の危険極まる強気の買い方針一色に塗りつぶされた状況におかれたものであること、(五)かかる状況下に加え、本件株式は短期間に株価の三割近い暴落を生じていたことなどからして、顧客から相場への強い不安を訴えられ本件株式のすべてを売却するよう依頼を受けた高橋としては、価格が騰貴するとの主観的恣意的な断定的判断を提供(これは証券取引法五〇条一号に該当する)して売却の断念方を勧誘するなど依頼の趣旨に従わぬ態度を取ることは許されないものであつて、あえてこれをなした高橋は受託契約につき債務不履行又は不法行為をなしたものというべきである。

9  二月一七日の本件取引所における本件株式の高値は一、八六〇円、安値は一、八〇〇円であつたが、同月二〇日ころより急速に値下りを示し始めた。しかし、高橋は依然として本件株式は同年春ころには三、〇〇〇円株になると断定的に述べつづけ、かつ、同月二〇日被告英子に電話して現引を強く推奨し、原告保管預り中の現金保証金の中から現引代金を一方的に充当して、別紙第4表に(信用取引買建)と記載のあるもののうち、昭和五五年一二月一二日に一、八二〇円で買建した二、〇〇〇株の現引を強引に押しつけた。

10  その後、追加委託保証金差入を求める昭和五六年二月二三日付の原告主張の書面の送達を受けた被告英子は、高橋に対し「一、〇七六万円などの大金はない。至急に本件株式を売却してほしい。」旨を述べたが、高橋はまたしても「この株は大丈夫である。今売つてはいけない。原告にこの株を売られてしまつたらいけないので、至急金策して追加保証金を差入れてほしい。」と述べたので、被告英子は同人の言に重大な疑問を持ちながらもすがるような思いで金策をして三回に分けて右追加保証金を差入れたものである。

11  その後、本件株式は値付かずの深刻な相場状況になつたりしながら、その株価は更に大幅に値下りをした。

12  ところで、前記のように本件株式の昭和五六年二月一七日の安値は一、八〇〇円であり、被告英子の有する本件株式五〇、〇〇〇株が右価格で売り決済されたと仮定して計算すると、信用取引買建による本件株式三七、〇〇〇株は別紙第4表に(信用取引差損金)と記載のとおり合計七、一三二、四四〇円の決済損を生じ、現株による本件株式一三、〇〇〇株は同表記載のとおり処分金清算残額二三、〇九九、二〇〇円を生ずるから、前者を後者により補填すると、被告英子は原告に対し、清算金として一五、九六六、七六〇円の支払債権を有し、また、清算金として別紙第5表記載の保証金合計一五、二八〇、三六二円の支払債権をも有し、更に、別紙第6表記載の株券の引渡請求権を有する(なお、右株券中、無償増資株は、保証金代用として原告に差入れられていた株式に無償株の配当があつたものであるが、これは当然被告英子所有となるべきものである。)ことになる。

13  よつて、原告は、高橋を外務員たる従業員として雇用して使用し、また、原告の代理人として被告英子との取引にあたらせていた者として、右債務不履行又は不法行為(使用者責任)により、被告英子の被つた前記損害を賠償すべきものであるから、被告英子は原告に対し前記清算金合計三一、二四七、一二二円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である昭和五七年一〇月八日以降完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払と、別紙第6表の銘柄欄及び株数欄記載の株券の引渡を求め、右株券引渡不能の場合本件口頭弁論終結日に近い昭和五八年一二月一九日現在の市場価格による履行に代る損害賠償として、その不能の部分につき同表の単価欄記載の単価によつて算出した金員の支払を求める。<以下、事実省略>

理由

第一被告孝雄に対する本訴について

一<証拠>を総合すると、次のとおり認められ、証人高橋の供述中この認定に抵触する部分は前掲証拠に比照してにわかに採用できず、他にこの認定を動かすに足りる証拠はない。

原告の歩合制外務員たる従業員の高橋は、昭和三二、三年ころは日興証券の従業員として同姫路支店に勤務していたところ、当時被告英子の母親弘子が同支店で投資信託の取引をしていたことから、被告英子は弘子の使者として同支店に赴くうち高橋と面識を得た。高橋は昭和三八年に同大阪支店に転勤になり、他方、被告英子は被告孝雄(旧姓薪先)と結婚したが、同時に被告孝雄は同英子の親と養子縁組をなして妻である同英子と同じ山本姓になり、被告両名は肩書住所地に居を構えた。昭和四〇、四一年ころ高橋は被告英子を訪ねて有価証券の現物取引の勧誘をしたところ、同被告もこれに応じ、高橋を通じて日興証券と取引をすることにしたが、対税上自己名義で取引することをちゆうちよしていたところ、高橋は「偽名にしときましよう。」と言つて「吉野」なる印章をくれたので、吉野という架空名義で取引を開始した。

その数年後に、同被告は高橋の勧めで右取引名義を夫の被告孝雄名義に変えたけれども、実態に変更はなく、取引主体は従来どおり被告英子であり、被告孝雄は取引に全く関与しなかつた。昭和四五年に高橋が京都支店に転勤してからは、被告英子は取引をやめた。ところが、高橋は、昭和五〇年に日興証券をやめ、原告の歩合制外務員としてその従業員となるや、再び被告英子を訪問して取引の勧誘をした結果、同被告は高橋を通じて原告との間に現株取引を開始することにしたが、その取引名義は従前に做つて被告孝雄名義とすることにした。そして高橋の勧めに従い、昭和五一年三月八日からは同じく被告孝雄名義で信用取引をも開始することにし、信用取引口座設定約諾書の委託者欄の署名押印も被告英子が同孝雄名義を使用してこれをなし、以後被告孝雄名義でおおむね高橋に勧められるまま「売り」又は「買い」の取引を続けたもので、取引の主体は被告孝雄でなく、被告英子であり、高橋もこのことは当然熟知していた。

二右認定事実によれば、歩合制外務員たる従業員高橋を通じての原告との取引主体は被告英子であり、同被告はその取引に際し被告孝雄名義を使用したにとどまり、被告孝雄は取引主体ではなかつたというべきであるから、被告孝雄が被告英子と並ぶ取引主体であることを前提とする原告の被告孝雄に対する本訴請求はその前提を欠き失当であり、右請求は棄却すべきものである。

第二被告英子に対する本訴について

一請求原因1の事実、2の事実(ただし「被告孝雄と共同で」との点を除く、以下同じ。)、3の事実、4後段の事実、5前段の事実は当事者間に争いがなく、4前段の事実、5後段の事実、6の事実は被告英子の明らかに争わず自白したとみなされるところである。

二<証拠>を総合すると、請求原因7の事実が認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

三請求原因8前段の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば同後段の事実が認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

四以上によれば、被告英子に対し、立替金債権等一五、五三九、八〇六円及びこれに対する決済日の翌日以降である昭和五六年八月一一日以降完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は理由があり、認容すべきである。

第三被告英子の反訴について

一請求原因1の事実、被告英子との取引を一貫して担当した原告の従業員が外務員である高橋であつた事実、同人が昭和五五年春から同年一二月一四日の取引までの間同被告に対し本件株式は充分小型ソニーになるかもしれないと言つた事実、高橋が同被告に本件株式を大いに推奨した事実、同被告の原告との取引量が増大した事実、同被告が高橋に本件株式はいわゆる投機家集団「誠備グループ」により株価が不公正に操作されている仕手戦株の一つではないかとただしたところ、同人は「そのような事実は全くない。優良株であるから安心して買つてほしい。」と答えた事実、請求原因5の事実、高橋が強気の見通しを述べた事実、昭和五六年二月二〇日ころより本件株式が急速に値下りを示した事実、同月二〇日同被告が本件株式二、〇〇〇株を現引きした事実、請求原因10のうち書面送達、追加保証金差入の事実、同11、12の事実は当事者間に争いがない。

二右争いない事実及び前記第一、第二で認定した事実のほか、<証拠>を総合すると、次のとおり認められる。

1  原告の歩合制外務員たる従業員の高橋は、昭和五五年春ころから同年一二月二四日の取引までの間、女性の大衆投資家である被告英子に対し「本件株式は絶対に自信をもつてお勧めできる株です。親や兄弟にも買わせているのだから安心して買つて下さい。今までよく損もさせましたけれども、この損はこの株でしか取り戻せません。自分達には大きな力があり、もと日興証券に居た上司の偉い人達みんなでこの株式をやつてるんだから、安心しといて下さい。将来の予想収益率と過少資本の現状からいつて、ソニーに匹敵するような優良株で、五、〇〇〇円になつてもおかしくない株なんですよ。」という趣旨のこと、を述べて本件株式の買いを強く推奨したため、同被告の原告との本件株式の取引量も増大した。そして、同年一二月二四日の取引が完了した時点で高橋が同被告に「これで五〇、〇〇〇株(信用取引買建分四四、〇〇〇株、現物(保証金代用証券)分六、〇〇〇株)になりましたよ。これ一〇〇円上つたら五〇〇万円もうかるんですよ。」と言つたのに対し、同被告は「反対に下つたら五〇〇万円の損やないの。そんな怖い株やつたら、私ここで売つてそれで国債でも買いたい。」と答えたが、高橋は「何を言うんですか。つくしが芽を出すころになつたら三、〇〇〇円は優に超えてますよ。その時になつたら好きなだけ国債とか関西電力の株を買つて下さつてよろしいです。それまでです。私に任せて下さい。色んなお客さんに買つてもらつてる株数を合計すると一〇〇万株程にもなるんですよ。だから、一〇〇円上つたら、下つたら、という話はやめましよう。忘れて下さい。」と言つた。

2  ところで、本件株式は発行会社が半導体関係の成長企業と目され、その利益の延び率等から買人気になつていたが、資本金がそれ程多くないうえに仕手筋が介入していたので株価が乱高下し、株価が企業の実体から遊離し、需給関係を主な要因として形成される傾向にあつた。そのため、昭和五六年一月以降本件株式は本件取引所における信用取引銘柄から外され、それ以降本件株式の新規信用取引はできなくなつた。なお、本件株式の昭和五五年一月から同五六年六月までの毎月(同五六年一、二月と三月の一部については毎日)の終値は別紙第7表記載のとおりである。

3  さて、昭和五六年一月中旬こうからいわゆる投機家集団「誠備グループ」の活動がマスコミに賑賑しく報道され始め、誠備グループが大手証券を相手に仕手戦を演じたことによる一部銘柄の株価の異常な高騰と株式市場の混乱が注目されるようになつた。そして、本件株式も同月一二日には二、二六〇円(終値は二、一八〇円)の最高値をつけ、僅か八か月で倍額の高値となつたことから、被告英子は本件株式も「誠備グループ」により株価が不公正に操作されている誠備株ないし仕手戦株の一つではないかと不安になり、高橋にこの点をただしたが、同人は「そのようなことは全くない。優良株であるから安心して買つてほしい。」と答えた。

4  同月二〇日本件取引所理事長は、会員証券会社に対し、株価が企業実態と遊離し需給関係を主な原因として形成されている株式の信用取引の注文受託については担保を十分取る等の措置をとるよう注意を促し、これに呼応して、日本証券業協会も会長名で同様の通達を流した。また、同月二二日には野村、日興、大和、山一の大手四社と準大手八社の間で、安藤建設、宮地鉄工、石井鉄工所、西華産業、丸善、塚本商事及び本件株式の七銘柄については客に信用取引をさせないのみならず、現金代用の担保としても引き取らないとの申し合わせがなされ、次いで翌二三日には野村証券系の一一社で構成する相模会(原告もこれに加入している。)が同様の申し合わせをなすなどしたが、これは、右七銘柄のうち塚本商事は「誠備グループ」とは直接関係がないものの、本件株式を除くその余の五銘柄は「誠備グループ」の手が入つている仕手株であり、本件株式も少くともその疑いの強い仕手株であるとみられていたことによるものであつた。

5  原告の専務取締役鎌田良一(以下鎌田という。)は、かかる状況下において、同月二三日、高橋を含め本件株式を顧客に買わせていた歩合制外務員約一〇名を集め、顧客の持つている本件株式は手離させるのが望ましいという趣旨等の話をしたが、高橋は本件株式に対する強気一方の相場観を改めることはなかつた。

6  同月二七日に至り本件株式の株価が最高値より二〇〇円以上も下落して一八一〇円になつたので、被告英子は高橋に電話をして「初めて一、八〇〇円台に下つたので、やはりこわいから全部売つて下さい。」と申し入れたが、高橋は「今は売る時期ではない。持つといて下さい。今、外から電話が入つているから後で。」といつて電話を切つてしまつたので、同被告はそれ以上の申入をする機会を失つた。

7  ところが、同年二月一六日「誠備グループ」の中心人物加藤が逮捕されたことを翌一七日に知つた被告英子は、心配のあまり高橋に電話をして「本件株式は誠備の株ではない、仕手株ではないとあなたは言うけれど、新聞にはそれらしきことも書いてあるし、もしそうでないとしても足を引つ張られて一緒に安くなるのと違いますか。私は損するのが恐いので、今なら損が少なくて済むからここで全部売つてほしい。」と強く申し入れたけれども、高橋は「何を言うんですか。この株は大丈夫なんですから、新聞とかそんなものに惑わされず安心して見といて下さい。今に、つくしの出る時分が来たら三、〇〇〇円は優に超えてますよ。売る時には私があなたに売つて下さいということを言いますから。何度も同じ説明させないで下さい。」と言つて同被告の売却依頼申出を強引に押し止めて断念させてしまつた。

8  同月二〇日高橋は、保証金代用証券増徴の必要上、被告英子に電話して別紙第4表に(信用取引買建)と記載のあるもののうち、同被告が昭和五五年一二月一二日に一、八二〇円で買建した本件株式二、〇〇〇株につき、原告保管預り中の同被告の現金をその代金にあてることによつて現引させてほしい旨を申し入れ、同被告の同意を得て右現引をした。

9  その後本件株式の株価は大幅な下落の一途をたどつた(値付かずの日も出現した)結果、被告英子は原告より昭和五六年二月二三日付書面で追加委託保証金として一、〇七六万円を差し入れるよう請求されたので、高橋に電話して「どうしてくれるんですか。そんな余分なお金はありません。」と言つたところ、同人は「今少しの辛抱です。五月まで待つて戴いたら絶対に大丈夫ですから、五月までの間借金してでも私に用立てして下さい。そうでないと、山本さんが預けている株式とか本件株式も売られてしまつて元も子もなくなります。」と言うので、同被告は一抹の不安を抱きつつも高橋の言を信じてこれに従うこととし、これまでの事情を夫の被告孝雄に打明けるとともに、夫婦で被告英子の兄に金策を頼んだうえ、同月二六日、二七日及び翌三月二日の三回に分けて合計一、〇〇〇万円を原告に差し入れた。

10  被告英子は、右二月二六日に右第一回の差し入れをすべく原告方に高橋を訪ねた際、同人の横に居た上司で初対面の大山第二営業部長とも数分間話をしたが、本件株式を売却する話はどちらからも出なかつた。

11  そして遂に三月一三日に至り、さしもの高橋も、上京して情報収集をした結果、本件株式の反騰の可能性が絶無になつたことを認め、被告英子に電話して「東京へ行つて色色な人に会つて調べてきましたけれど、山本さん本当に御迷惑をかけました。北海道テレビの岩沢さんが破産になり、私の言つたことが全部裏目に出て敗北し、どうすることもできなくなりました。申し訳ありません。私は決して山本さんに悪いようにはしません。私は会社のほうの身と違います。山本さんのために、お客さんのためにしますから、山本さん気を落さないで下さいよ。」と言つたが、同被告は生きた心地がしなかつた。

12  本件株式の株価は三月一七日に遂に数百円台に下落し、以後ずつと数百円台のまま推移したが、原告から同月一六日付で更に追加委託保証金として三、四六〇万円の差入れ方を請求されたのに対し、被告英子は電話で高橋に「私があのときに売ると言つたのに、あなたが止めた。責任はあなたにあるんやから、私のあつただけの分を返して下さい。」と言い続けていたが、そのうちに発病して入院した。

13  なお、原告は、専務取締役本店長鎌田良一名で本件株式を買つている顧客に対し、昭和五六年二月一六日付「信用取引保証金についてのお願い」と題する書面を送付したところ、右書面の内容は、一月二〇日付の本件取引所理事長からの注意を引用し、誠備グループ等の事例に触れたうえ、原告においても安藤建設、石井鉄工、本件株式等七銘柄について担保受入の制限、掛目の引下げを実施しているのでよろしくお願いする、追而このことについて疑義、御相談のある方は本社第二営業部長大山剛等へ連絡をお願いする、というものであつたが、どうしたわけか、右書面は被告英子方には送付されなかつた。また、鎌田は、前記のように歩合制外務員に顧客の持つている本件株式は手離させるのが望ましい旨の話をした後も同株式を手離していない顧客につき、持株数の多い人から順次面談して同旨の話をする計画を立てたが、被告英子の順番が来ないうちに二月二〇日からの大暴落が始まつたため、右は実現しなかつた。

右のとおり認められ、<反証排斥略>他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

三そして以上の認定事実によれば、被告英子は昭和五六年二月一七日において本件株式売却委託をしようとしたが結局これを断念したものであるから、高橋ないし原告に受託契約についての債務不履行があるとの同被告の主張は失当である。

しかしながら、少なくとも前同日における原告の歩合制外務員たる従業員高橋の被告英子に対する本件株式売却委託断念への勧誘行為は、株価が騰貴することの断定的判断を提供してなしたものであつて、証券取引法五〇条1号に違反するのみならず、前記認定の状況下において、女性の大衆投資家である被告英子に対し、暴落の危険性の十分考えられる本件株式の売却委頼を強引に断念させたことは、社会通念上証券取引における外務活動上一般に許された域を超えたもので、不法行為成立の要件としての違法性を有するものと解するのが相当であり、また、高橋には少なくとも過失があつたものというべく、右売却断念の結果、昭和五六年二月一七日に売却していたとしたら得られた清算金の額と、最終決済日の強制手仕舞による清算金の額との差額は、高橋の右不法行為に基づく損害であるということができる。

従つて、原告は被告英子に対し、民法七一五条に基づき高橋の使用者として同人がその職務を行うにつき、同被告に与えた右不法行為による損害を賠償すべき義務を負うべきものである。

四そこで、昭和五六年二月一七日に被告英子の有する本件株式全部が売却されていた場合に得られた清算金につき検討するに、前記争いのない請求原因5の事実及び当事者間に争いがない同12の事実によれば、同被告は原告に対し清算金として合計三一、二四七、一二二円の支払請求権と別紙第6表記載の株券の引渡請求権を取得したはずであるといいうる。

他方、前記第二認定のとおり、同被告は原告に対し、最終決済日の強制手仕舞に至るまでに追加委託保証金として一、〇〇〇万円を差入れたほか、右強制手仕舞による清算金として一五、五三九、八〇六円の支払債務を負担し、その合計額は二五、五三九、八〇六円に達しているというべきである。

よつて、同被告の被つた損害は、五六、七八六、九二八円程度及び別紙第6表記載の株券相当額ということになる。そして、右株券の時価については、他に証拠がないので、便宜弁論の全趣旨によつて認められる昭和五八年一二月一九日現在のそれによると合計一五、二七〇、五八九円ということになる。よつて、以上合計は七二、〇五七、五一七円となる。

五ところで、前記二認定事実及び前記第一認定事実によれば、被告英子は女性の大衆投資家であるとはいえ、現株取引については約一〇年間、信用取引については数年間の経験を一応有するところ、信用取引が投機性の高い危険なものであり、外務員のもたらす相場情報も一般的に不確実なものであることは公知の事実でもあり、同被告としても、高橋の言に従うばかりでなく、株価の見通しにつき相当の注意を払うのはもとより、本件売却委託に際し、高橋に対しもつと強い態度に出るなり高橋の上司に相談するなりの方法を取つておれば、高橋の断念勧誘を拒み売却委託を貫徹する余地は十分あつたものであるから、本件損害の発生及び拡大については同被告にも相当の過失があつたものというべく、その過失割合はおよそ六割程度であると解するのが相当である。

なお原告は、請求原因に対する認否と主張13(二)において、もし被告英子において昭和五六年二月二四日以降見切りをつけて成り行きで売りに出せば同年三月一〇日までの間に一、〇〇〇円台ないし一、一〇〇円台で売決済はできたであろうと主張するが、高橋ないし原告からその旨の勧誘でもあれば格別、それがあつたことの認められない本件において、前記認定の当時の状況からして、同被告にそれを期待するのは無理であると考えられるので、右主張は採用の限りでない。

六以上により、被告英子は原告に対し不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償として二、八八〇万円とこれに対する反訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和五七年一〇月八日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるというべく、同被告の原告に対する反訴請求は右の限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却することとする。<以下、省略>(古川正孝)

第1表ないし第7表<省略>

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